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まず前置きとして。
好きや嫌いに関わらず人に「語らせる」作家というのはそれだけ力があるということ。
村上春樹はそういう力を秘めた作家だと思う。
それは認める。

ここから本題。
村上春樹が「好き」か「嫌い」か。
ここのところずっとそのことを考えてた。
今まで好きな作家を聞かれたら「夏目漱石、トルストイ、村上春樹、小川洋子」とこんな感じで答えてた。
漱石とトルストイは殿堂入りとして、残りの村上春樹と小川洋子。
小川洋子は完全に好みで読んでいる作家だから、自信を持って好きと言える。

では村上春樹は?

初めて読んだのは中学の頃かな。高校だったかな。
出会いは『海辺のカフカ』だった。
それ以来少しずつ、じわじわと、全作品を読破して、あとはエッセイをいくつか残すのみ。

なぜ全作品読破なんてしたのか?
面白いから?
みんなが読んでるから?
つまり好きだから?

数年前、読破するまでは、確かに大好きだった。
文章巧いし印象的な箇所たくさんあるしストーリーも純粋に面白いし、凄い作家だなと思ってた。
だけどだんだん(『1Q84』が出た頃からかな)村上春樹の人気に対して、天の邪鬼な私は反抗的な態度をとるようになった。
”みんな大好き村上春樹”→こんな村上春樹が好きじゃなくなっていった。
好きと公言するのが嫌になっていった。
自分の中の村上春樹像と、世間での村上春樹像がどんどん乖離していく感じがして、たまらなかった。

「私が好きな村上春樹はそんなんじゃないんだ」
「そんな村上春樹は嫌いだ」
つまりこういうことだと思う。
「村上春樹好き?」と聞かれたら、私の答えは、「村上春樹は好き、だけどあなたの中にいる村上春樹と私の中の村上春樹は違う、だからその質問にはイエスと答えられない。でもノーでもない。」
こんな感じ。
とっても捻くれてると思われるかな。

好きと嫌いは同じ一直線上にあると言われる。
方向が正反対なだけで、同じ直線上だと。
好きも嫌いも愛のうち、とか。
そう思ったら、「村上春樹愛してる」となってしまうのか。

ハルキストと呼ばれるのは絶対に嫌だな。
まぁそんな風に呼ばれるほど読み込んでないし分析もしてないし、そもそも村上春樹の作品でそういうことするのナンセンスだと思ってるから、私がハルキストと呼ばれることはないと思うけど。
それでもこれからも長篇は再読して、自分の中で育てていくことでしょう。

中途半端になってしまったけど、ずっと放ったらかしてたもやもや、形にできた。
もっとカッコイイ語彙でスマートに語りたかったけど、私の力量では無理でした。
文学的な村上春樹については、腐るほど論文や書籍が出てるのでそちらを読めば良いのでは。
私もまた何か浮かんだら書こうと思います。
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